古代の遺跡
2019年 03月 04日 (月)
こんにちは、地域に密着して
お客様の家づくりのお手伝いする
ラッフルズホーム。
アフター担当の大林です。
3月3日はひな祭りの日でもありますが、
東京マラソンもありました。
先週昨日と徳島の地元(吉野川市・阿波市)の
ハーフマラソンがあって
エントリーしていたのですが、膝の故障で
走るのをやめました。
さて、
先日徳島新聞で、
徳島の水銀朱の話が載ってました。
水銀朱=辰砂、
古代において朱(赤)は特別なもので、所謂埋葬時の石窟にも施された形跡があります。
今回歴史的な発見は、徳島の中南部の那賀川の中域で、歴史的には有名な若杉山古墳から程遠く無い、加茂町の加茂宮の前遺跡で大量の辰砂原石とその付帯物が出土したというニュースでした。
辰砂は別名、丹とも呼ばれ、
那賀川周辺の地域では、丹生谷の地名もあるように辰砂が生産された事は分かっています。
今回発見された規模については、
今まで最大級の三重県のものよりも、規模が大きく古い?ということです。
縄文時代の後期から弥生時代にかけて、四国の吉野川辺りの時代の隆盛期を想像する今回の発見に拍手を送りたいと思います。
徳島県は観光資源に乏しく、
今現在の人口流出と人口減少の問題に対して、どないかせんとあかん境地に立たされているとおもいます。
温泉も無いことは無いけど、祖谷の山奥、伝統的建造物保存地区の脇町は、離れている。
インバウンドも含めて、来たい。定住したい。、、、そんな街を目指して何とか工夫立案をしていかなければ、徳島県と徳島のイメージはどんどん薄くなっていくかも知れません。
活気は無いよりある方が良いと思う方の自分ですが、何もしなくても時代は流れて行きます。
ただ言えることは、何かをやっている人は必ず周りに影響を与えているます。
小さなことからコツコツと、何かをしなければ、徳島が名前と地名だけの単なる場所になるかも知れません、、。
どうやら発信する場所が間違ったようですが、、、。